2001年1月の日記;大雪で始まった21世紀

2001.1.1.(月)
 何かが終わって、何かが始まったのだろうか? 別段、今までと何ら変りのない時間が過ぎて行っているような気がするが。新年、あるいは新世紀。せっかくだから幾つか誓いでも立ててみる。
1、ダイエット:学生時代の55kgは無理としても、せめてそれ+10kgくらいにまで落としたい。
2、減酒:最低週1回の休肝日の厳守。
3、英語力のアップ:ネイティブの人ときちんとコミュニケーションできるレベルまで。
4、内科認定医の取得:今まで面倒で避けてきたけど、そろそろとらないと!
5、英語、日本語論文を最低1報づつ書く。
あまり欲張ると、どれ一つとして実行できなくなって挫折する可能性もあるので、これくらいにしておく。
 一家で、祖父母の入院している病院へ。現役時代〜少なくとも私の幼少時は赫灼としていた祖父母も、今となってはベッド上の寝たきり老人で、恍惚とした表情を浮かべている。祖父はまだ会話は可能なものの、誰彼の区別も侭ならない。ましてや祖母は会話すら不可能。ものの哀れすら感ずる。
 昼過ぎより天候が崩れて大雪になる可能性ありと予報で言っていたので、早々に車で金沢へ戻る。
 早く寝ようと思ったが、モモは寝つきが例によって悪くて泣き暴れ、ミハも車中で寝たため寝つかずにしゃべりまくっている。一年の計は元旦にあり。どんな一年になりますやら。

2001.1.2.(火)
 昨晩は何時に眠ったか不明だが、9時過ぎにようやく目覚める。
 ケンタッキーのキティーお重セットを買って、妻の実家へ。妻の親戚方と新年の宴会。お正月は、朝から昼からお酒を飲む事になって、夕方には既に出来上がって寝てしまう。疲れがたまる。減酒の誓いはまた後日から始める事になりそう。

2001.1.3.(水)
 またまた、お寝坊。
 ミハのランドセルを買いにデパートへ。
 夕方より医科大へ。まだ多くの患者さんは外泊している。

2001.1.4.(木)
 仕事始め。気合いを入れて仕事開始だ〜。
 だけど、IVHカテの挿入がうまくいかず。思うようにはいきませんね。
 入院の予定もいっぱいになってきたので、ふんどしを締め直さないと。
 医局で新年会は鍋でした。なんだかすぐに眠くなって、二次会はパス。

2001.1.5.(金)
 昼は普通に仕事。おっと、雪が降ってきた。
 夕方より車で一家で上越の実家へ。富山県に入ってから吹雪で先が見えないは、路面は凍結して入るはで非常に疲れる。新潟県に入って雪が減ったと思ったら前方にやけにゆっくりの点滅が。「除雪中。追い越し禁止。」と雪だるまマークが点滅していて、10キロくらいで走行。普段の倍くらいの疲労で実家に到着。ミハ、モモは車中で眠っていてやたらと元気……。

2001.1.6.(土)
 さすがにこれだけ雪が降って寒いと外来はすいている。よっぽど元気な病人しか来る事ができないのでしょうか。
 父との将棋は1:1。途中で「待った!」をしてあげたんだからね。
 夕方から、またまた雪道ドライブで金沢へ。どうも今回は、富山県に入ると吹雪いて凍結している。
 どこかで夕食をと思っても、連休前の土曜日でどこもいっぱい。比較的すいている回転寿司を見つけて入ったら、いまひとつ。威勢がいいだけで、ネタもシャリもでかすぎてオニギリみたいだし、ネタの種類は少ないし。そのうえ、モモが暴れてとても食事どころでなくて、さっさと帰る。

2001.1.7.(日)
 お寝坊したけど、またまた朝から「どこいくの〜」と言う家族。
 七尾フラワーパーク のと蘭ノ国へ。毎週浜野病院にいく途中にあって気にはなっていたのだけれど、一人で入る所でもないような気がしていたので。中は温度・湿度が管理されていて、この時期でも様々な蘭を始めとした花が咲いている。ちょっと寄るには良いかも。ただし1時間も費やすのがやっと。中のイタリア・レストランはメニュ-が少ないのが残念だけど味は良し。
 能登食祭市場へ。なんてこともないけど、近所のスーパーで買うより魚介類、乾物系統は割安かな。
 夕方から、少しだけ医科大へ。連休明けに回診があるそうなので一応準備を。

2001.1.8.(月)
 すっかり寝坊癖がついてしまったけど、ミハの幼稚園の冬休み最終日。明日からはまた早起きだからね。
 結局今日もボーリング。徐々に調子をあげ、最終ゲームを182でしめくくる。(良いスコアしか書きません、あしからず)
 妻が風邪気味。大事に至らないとよいのだが。
 モモ、ついに一人立ち。一瞬ではあるが、つかまらずに起立可能となる。じきに歩き廻る→わが家の安全地帯がますます無くなる→Oh No!
 昼寝したがるミハを「寝るな死ぬぞ」と脅し夕方まで起こしておき、夕食も早め、風呂も早めにして、久しぶりの早起きに備える。

2001.1.9.(火)
 やればできるじゃん、早起きも。
 浜野病院。お正月明けで外来はそれなりに多忙。
 医科大へ。こちらも正月明けで忙しくなってきて、一日で4人の入院患者さんあり。当然、一人くらいは主治医をしなくてはならない。ムンテラと指示だしで遅い時間までかかる。
 そういえば、父の誕生日だったけど、電話の際におめでとう?を言い忘れた。父は66になったはず。今度会った時に言おう。

2001.1.10.(水)
 朝のカウントダウンでは、私の魚坐は1位だったけど、どこが良い日なのだろうか。
 外来は4時10分までかかる。低血糖でふらふらなところへ、薬だけ診察なしにずっと出して欲しいという我がままな患者さんが来て、少し口論。だから〜、だめだっちゅうの。
 空腹時に食べるUFOは美味しいなあ。
 また入院が一人あって、ずっと外来で診ていた人だから主治医にならざるをえない。
 久しぶりに、自分の採血。いつものように、γGTP, T-Chol, Uric acid, Eosinoが高値。患者さんに指導できないねえ〜、これじゃ。

2001.1.11.(木)
 骨髄穿刺→試験監督→医局会。
 試験監督しながら問題をみると、ムヅカシイ〜。難問奇問も結構あるような気がするが…。
 某科より難しい患者さんを紹介される。引き受けるしかない。また受け持ち患者が増えてしまった。いいけどね、別に。
 肉体的・精神的に消耗する事が多すぎて、少々へこむ今日この頃。

2001.1.12.(金)
 骨髄穿刺1件、IVHカテ挿入2件、次週の指示出し。日中はこれだけ。
 夕方より、車で実家へ。今回も富山県は結構雪多し。新潟県に入って雪たいしたことないのに除雪で徐行多し。しかし夕方より上越の実家地方でもシンシンと雪が降り始める。天気予報ではこれから大雪という。

2001.1.13.(土)
 朝起きて外はまっ白。さすがに患者さんも少ない。あたりまえか。
 雪降って喜んでいるのはミハだけ。ベランダに積もった雪で妻とカマクラを作って後満悦。
 一日中降り、夕方に金沢へ帰るのを断念。安全を選択。車の屋根に約50cmほど積もっており、久しぶりの雪落とし。

2001.1.14.(日)
 
モモが風邪気味で鼻水デローンが続いている。
 朝から車の掘り起こし。また昨晩より50cm以上の積雪有り。久しぶりの大雪。雪国育ちだから雪かきは上手(自称)なのだが、それで飯が食える訳でもないしね。。
 車で金沢を目指すも凄い積雪のため、除雪してある路面でもまだ雪がカチカチでツルツル。危なくて40〜50km/hくらいしか出せない。実は本日は日当直なのに、おかげで大幅に遅れて到着。昨晩の当直さんごめんなさい。
 どっと疲れたまま、病棟業務をこなす。
 BSフジで「パラサイト・イブ」。瀬名さんの原作だけど、これはこれでまあいいか。葉月里緒菜の妖しい魅力。でも気になったのは、細部の現実性。手術衣が赤い病院てあるのか? 移植コーディネーターやレシピエントの主治医がドナー候補の患者の家族にあんなに強く言って良いのか? 別にミステリーだから、100%現実的である必要はない。しかし、だからこそ現実的な場面ではより実際に近い方が、よりリアルだと思うのだが。
 WOWWOWで「ケイゾク/映画Beautiful Dreamer」。中谷美紀は魅力的なのだが…。全体を通して、ギャグ的な要素はくだらなすぎで、全く笑えない。連続殺人の謎を解く前半はともかく、後半からの夢???の部分はストーリーさえ、さっぱり分からない。カルト的人気を誇る刑事ドラマなそうなのだが、ほんまかいな?
 あ〜、疲れた。

2001.1.15.(月)
 朝から金沢も大雪! 全く降り止む気配もなし。こんな日はさっさと仕事を終わらせて、帰りたいのだが、思うようにはいかない。それでも、5時前に仕事を切り上げて、車を掘り出す。やっと掘り出した頃、妻より携帯で「わが家の前の道が渋滞していて全く動いていない」と連絡あり。結局、車はそのまま病院において、徒歩で帰宅。途中でローソンによるも、食料はほとんど品切れで、最後に残っている食パン、ベーコン、ソーセージなど食料品を買う。家まではさほど遠くはなく、徒歩15分くらいの道のりだが、融雪装置のせいで道路は水浸しで、ブーツを履いていたもののビショビショでチョー冷たくなって悲惨。
 明日は本来は浜野病院へ行く日だが、とても七尾まで行けそうにはない。電話で断わる。
 この雪はいつまで続くのであろうか?

2001.1.16.(火)
 朝から家の前の雪かき。良い運動である(ということにしておく)。運動の後の朝食は格別(ということにもしておく)。
 歩いて、医科大まで通勤。昨日のビショビショでチョー冷たいのに懲りて、長靴で通勤。
 病棟の患者さん達が皆で外を見ている。病院裏の職員駐車場で雪の中の車から人を助け出そうと、大勢の人、医師、看護婦さん達が奮闘している。後から分かった事だが、当院の準夜明けの看護婦さんが、車の中で寝てしまったのか(?)詳細は不明だが、一酸化炭素?中毒で亡くなっているのが午前中に発見されたという、痛ましいニュースであった。大雪の時は、想像もつかないような悲惨な出来事も起こりやすい。気をつけましょう。
 昼間の空いた時間に、昨日より止めっぱなしの車を再度掘り起こす。無事動くことを確認。約1時間半ほどの雪かき。良い運動である(ということにしておく)。廻りにも大勢の人が雪と闘っている。それぞれ大変そうだが、自分の事で精一杯で、とてもよそさまの手助けをする元気はない。

2001.1.17.(水)
 こんな大雪の日は外来も少ないだろうと思っていた。実際普段よりは少なかったようだが、外来の終わったのは4時すぎ。何故? 終わり頃になって、バタバタと新患が…。仕方ないか。
 帰りにスーパー(バザール)に寄って、買い物をして帰る。さすがに流通してないのか、食料品の数が少ない。最低限食料だけは確保しておかなけらばならないので、普段は買ったことのないような、食品類を購入。帰ろうと思ったら、バザ-ルの入口から入ってくる車と擦れ違う事もできず、裏口から脱出。と思ったら裏の道の除雪はガタガタ。やっとの思いで、帰宅。

2001.1.18.(木)
 
ようやく大雪も峠を越したかな。
 こんな天候にもかかわらず、患者さんの数は何故か増えていく。年末に男性部屋がほぼ空床に近かったのが嘘のように、次々男性患者さん達が入院してくる。不思議なのは、世の中にこんなに血液疾患とくに悪性リンパ腫の患者さんて大勢いるの? 自らの専門分野ながら、そう思う。

2001.1.19.(金)
 骨髄穿刺、IVHカテ挿入、次週の指示だし。入院患者さんが増えると、指示だしだけで時間を浪費してしまう。また、白血病の新患入院。世の中にこんなに白血病の患者さんて大勢いるの?
 モモは相変わらず、風邪気味。ミハまで咳と嘔吐あり、ゲロゲロ。なかなか悲惨。

2001.1.20.(土)

 病院の予診システムに腹を立てながらの予診。話し合い解決したいのだけれど、「偉い先生方!」が多すぎるので、どうにもならないような気もしている。(*偉い先生方:本当に学問的に偉いのならばともかく、態度だけが偉い先生が多い。自分より立場が下の若い医者や看護婦さん達にだけ偉そうにする医者が本当に多い。反面教師とすることとしよう!)
 雑多な書類書き、等などで時間は過ぎ去る。
 モモまでゲロゲロ。便も白いらしい。ロタウイルスの白色便下痢症かしら…と妻はいう。脱水にならないように水分補給するしかない。 
 ミハまで発熱有り。ミハのゲロゲロは治まっているようなので、モモのゲロゲロと同じかどうか、疑問有り。ミハは既にロタウイルスの白色便下痢症に罹患した既往があり、これって終生免疫が得られないのか、ネットで検索しても答えは得られず。

 2001.1.21.(日)
 
1週間に1度の日曜日だけれど、ミハ、モモ相変わらず調子今一つなので、寝て曜日。ちょこっとスーパーに買い出しに出ただけで、あとは家のなかで、うだうだ。

 2001.1.22.(月)
 
重症の急患がまた入院。電話で聴いた話と大分様相が違って、困った困った。
 
わが家では、ついに妻まで消化器症状出現。ミハが元気なら、本日医科大バスケ部主催のバスケ大会なので連れて行こうと思っていたが、幼稚園でゲロゲロだったようなので、残念ながらとりやめ。ミハの便もやや白っぽいし、やっぱりロタウイルスかなあ? 妻のは? いつもは最初に風邪をひいてしまう私自身が平気なのが不思議。

 2001.1.23.(火)
 寒ぶ〜と思っていたら、また雪がチラホラ。
 浜野病院。いつも私がここに来る時、天気が崩れる気がする。
 散髪。先週行きたかったのだが、雪のためそれどころではなくて、やっと祈願成就。
 ミハ、モモ、妻ともやや改善の兆しあり、ホっと!
 来年からの医局の体制の原案作り、2002年の国際シェーグレン・シンポジウムの募金趣意書作りなどで、時間は過ぎ去る。仕事は相変わらず山積み。最近どうも処理能力の限界を超えてきているような気もしているが、なんとかなるのでしょうか。寝なければ、酒を飲まなければ、時間はあるとは思うのだけれど、どちらも無理なので……。

 2001.1.24.(水)
 
外来は5時までかかる。さすがに、低血糖でふらふら。
 またもや悪性リンパ腫またはその疑いの患者さんが数名。2001年に入ってからの、悪性リンパ腫の新患数は異常に多い。どうなってるの?
 夕方より新人勧誘をかねて個人的な飲み会。片町に出ること自体、かなり久しぶり。帰宅したのは1時半頃。

 2001.1.25.(木)
 きたきたきた、ついにきた。朝からひどい下痢と悪心嘔吐。昨日の飲み過ぎの要素もあるとは思うが、ミハ、モモ、妻と症状が似ているので、吐きくだしが主症状の風邪のようだ。昨日の外来にも同じ様な症状の患者さんもいたので、誰から感染したかは不明。食べられなくて、水分補給がやっと。あ〜ひど。
 夕方より、来年度の医局運営をどうするべえ会議。2時間以上に渡って延々と続く。

 2001.1.26.(金)
 なんとか下痢や悪心嘔吐はおさまる。寒気はしたけど明らかな発熱はなかったので、やっぱり単なる二日酔いか食あたり程度だったのでしょうか? 
 病棟の一番の重症患者さんが外科で緊急手術が必要な状況となり、バタバタ。とうとう本日も昼飯を食べ損ねて、3日連続の昼飯抜き。ダイエットと思えばまあいいか。
 医局にMacの新しい液晶モニターとMOドライバー届く。祝! 医局がどんどんハイテク化していく。素晴しい事だ。あと、欲しいのは…。
 患者さんのご家族で夕方頃ムンテラ希望という人がおられたのだが、果たして夕方とは何時〜何時をさすのか? 一応、午後7時まで待機するがお見えになられず、もう夕方は終わった事にしていただき帰宅。
 
 2001.1.27.(土)
 
ホリデイイン金沢で、第5回血液疾患とサイトカイン研究会。研究会とはいえ当番幹事という大それた役を仰せつかってしまい、当日になってから緊張する。一般演題は6題ありバラエティーに富んだ優れた研究会としての体裁は整った。特別講演は大阪府立母子保健総合医療センターの河先生の「EBウイルス感染症の最近の話題 - 疾患の多様性と診断・治療の実際 - 」。畏れ多くも私が座長を務める事になっており、河先生の御略歴を含めたご紹介を。自分で発表するときよりも緊張しました。河先生の御講演はとても分かりやすく、勉強させていただきました。
 研究会の後は河先生を囲んで有志の集い。

 2001.1.28.(日)
 
昨晩はそこそこ遅かったのだけれど、日曜の朝はミハをニャンダー仮面のために起こすという仕事あり。起こしてから、私はまた意識消失、GGG…。
 いろいろ買い物。ミハの入学用品。吉村達也さんの新作。ミニモニのCD。食べ物、等など。 
 
 2001.1.29.(月)
 
いつもどおりの回診。しかし、電子カルテを写すプロジェクターの件でトラブる。やはり、医局でプロジェクターも購入するしかなさそう。
 予定のあった新患入院患者さんのムンテラ。別の患者さんの抗癌剤の髄腔内注射。

 2001.1.30.(火)
 
なんか浜野病院に出張の日に限って雪が降る気がする、その結果私を含めた火曜日に出張する人に雪男・雪女のレッテルが貼られる事になる。もうしばらく、雪はいらないという気分なのだが。
 吉村達也著『「ナイルの甲虫」殺人事件』(角川文庫)。ワンナイトミステリーだが久々の推理小説。人間ドラマが上手く書けるからこそ生きるトリックであり、短編ではあるが待ちに待った本格推理の逸品。些細な言葉の違和感から、真相を描き出す際の妙味は吉村さんならではのもの。

 2001.1.31.(水)
 
4週前が年末年始で休みだったため外来は珍しく少なく、昼食もふつうに摂れたうえ、午後2時には終わる。毎回こうだと良いのだけれど。
 一応、入局説明会の日だが、誰も訪れないので中止。卒業発表後であり、卒業が決まったら国試勉強でそれどころではないのであろう。
 当直明けなので眠くてさっさと帰って、夕食→風呂→10時に就寝。