私が医者になった理由
私が医者になった理由。それは、私の父親が開業医で、その跡取りの長男で、他にやりたい事がなかったからです。以上!
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えっ、それだけ? と言われると困りますが、本当にそれだけです。
「小さい頃に瀕死の重症疾患に罹り、その時に治療してもらったお医者さんに憧れた」とか「小学生の頃に野口秀世の伝記を読んでこの道を志そうと思った」等のエピソードでもあれば良いのですが、生憎です。それどころか、幼少期から高校生時代まで、医者にだけは成りたくなかった。夜中でもかかりつけの患者さん達に叩き起こされる多忙な父を見て育ち、そう思っていました。他になりたい職業が全く無かった訳ではありません:プロレスラー、落語家、ロックミュージシャン…、いずれも才能があるとは思えず断念。仕方ないから、親の顔を立てて医学部を受験するか。
では、今はどうか。医者という職業に従事できて本当に良かったと思っています。こんなに、やり甲斐と責任のある仕事は他にはありません。臨床でも研究でも、その気になれば、ジャンルに関わらず非常に生産的な仕事が出来ます。また、成りたく無かった最大の理由であった多忙は、実は最大の喜びである事に気付きました。仕事が無いほど辛い事はない、仕事は忙しければ忙しいほど良い、今はそう思っています。
昔はあんなに嫌いだった医学という学問の面白さが年々わかってきました。あらゆるジャンルで物凄いスピードで進歩していきます。医師国家試験を受けた頃は、広く深く知っている医者になりたいと漠然と思っていました。しかし、進歩のスピードはそんな甘っちょろい理想論を吹き飛ばす勢いなのです。少なくとも専門の血液学&免疫学だけでも最先端に付いていきたいと思っていますが、それでも息切れするくらいです。
せっかく、学報「学生のページ」の新シリーズとして本稿を御依頼頂いたのに、本来のテーマである何故医者を志したのかというモチベーションが希薄で申し訳ありません。でも、モチベーションが無かった事は事実です。
後輩へのメッセージとして書いて欲しいとの御依頼ですから、あえて正直に書きました。私と同じような境遇の学生は当大学には結構居るのではないかと思うのです。親が医者であまり乗り気もしないけど医学部に来てしまったというような人が。モチベーションは希薄でも、そこそこ勉強すればいずれは大抵医者になれます。しかし、医者という社会人になった以上は責任感が生まれます。ここで仕事が面白いと感じて、やり甲斐を覚えないと、責任感だけでは重圧に押しつぶされる可能性があります。
幸い私は今までのところ、多くの先輩・同輩・後輩に恵まれ、一見辛そうな仕事も面白くやり甲斐のある仕事として、こなしてくる事ができました。いろんな生き方を選べるのも医者の特権の一つですが、いずれは地元に帰るとしても、しばらくは医科大に残って仕事の面白さやり甲斐を覚えてからにして欲しいと切に願います。