03/11/11
03/11/17
■ 菌株の凍結保存について
【質問】
 ○×大学有機材料工学科の者です。微生物に関してはまったくの素人ですが, 先日より有害有機物の分解菌の培養を始めています。

 初歩的な質問ですが, 菌を培養後, 洗浄 (滅菌水) を3回ほど繰り返し, 0.1 ml程度の菌に対し5 mlの5%グリセリンを添加し凍結させたところ, ほとんどの菌が死んでしまいました。これはグリセリン水溶液の量が菌に対して多すぎたのでしょうか??? 初歩的な質問ですがよろしくお願いします。なお使用した菌はRalstonia eutropha というものです。

【回答】
 Ralstonia eutrophaに関しては, 高分子新素材の生合成に用いられたり, あるいはトリクロロエチレン分解菌として汚染土壌に投入されたりと, まさに「有機材料工学」的な利用法の分野で注目度が高い菌のようですね。本菌種はかつてAlcaligenes eutrophusとして分類されていたもので, いわゆる“ブドウ糖非発酵性グラム陰性桿菌”です。それぞれの菌種単位での菌株保存法を一つ一つ検証して示したデ−タはなく, また回答者も本菌種の保存経験はありませんが, 回答者も微生物を扱う一研究者として菌株の保存という避けて通れない作業とは常に向かいあってきました。ブドウ糖発酵菌も, また今回のブドウ糖非発酵性グラム陰性桿菌もささやかな経験がありますので, 参考にしていただければと考えて簡潔に回答させていただこうと思うのですが, 過去の本質問箱の回答として既に示されているURL[http://www.jarmam.gr.jp/situmon/keidai_baiyo.html]をお読みいただいているでしょうか??? ご質問に示されている文面で判然としない箇所があります。つまり;

(1) 菌を培養後に洗浄 (滅菌水) を3回ほど繰り返した。

(2) 0.1 ml程度の菌に対し5 mlの5%グリセリンを添加した。

(3) そして, 凍結させた。

とありますが, (1) の培養菌体の洗浄についてはどこかにこの菌種の保存に際してはこの洗浄する方法が適していると示されていたのでしょうか??? なお, 通常はこのような洗浄を保存に際して実施することはありません。でも, この洗浄行為が菌の死滅促進に影響しているか否かは判りませんが。また, (2) の添加した「5 mlの5%グリセリン液」ですが, どんな根拠でそうされたのでしょうか??? 何か予備実験なり, 情報があって, このグリセリン濃度設定が選択されたのでしょうか??? 通常は, 前述したURLに示されている手法と濃度が採用されています。そして, (3) の凍結させたときの手法と温度について示されていませんが, 前述のURLを参照していただきたく思います。通常は−20〜−80℃で凍結しますが, −20℃程度では数週間からせいぜい1〜2ヶ月程度しか保存できない菌種 (Streptococcus属やHaemophilus属など)や, ブドウ糖発酵菌の−80℃保存でも凍結方法によっては死滅しやすい菌種(Vibrio属やHaemophilus属など)など, またブドウ糖非発酵菌でも死滅しやすい菌種(Burkholderia属など)が知られており, ご質問のRalstonia eutrophaに関してのデ−タは回答者の検索でも皆無でした。

 そもそも菌の性質やら利用法を探るような研究を行う場合にあっては, 自らがその菌に関する安定的な取り扱い方法を試行錯誤して会得することから進めるのが王道です。供試菌株に種々の付加や処理を施して得た「変異株」も研究の過程で発生するでしょう。その「変異株」を次の実験まで安定した状態で保存することは不可欠ですが, その保存法は菌種による扱い方以外にも, 菌株やその得られた「変異株」によって安定した保存法が異なるかも知れません。

 なお, 繰り返しになりますが, グリセリン液に浮遊させて凍結保存する場合, 滅菌水での洗浄操作は通常行われるやり方ではありません。でも, ご質問の菌種については「洗浄した方が保存率はよくなる」のでしょうかと疑問も湧いてきたところなのですが, この疑問も含めて, いくつかの角度から視点を変えた実験で最適な保存方法を見つけていただければと思います。そして本菌種が本当に死滅し易いのなら, その最適な保存法を確立して論文として発信していただければと思います。

(信州大学・川上 由行)

【質問者からのお礼】
 御多忙にも拘らず, 大変ご丁寧な御回答を頂きありがとうございました。この菌はもともと土壌改質プロジェクトで使用していたものを, 今回新たに立ち上がった別のプロジェクトに流用しようと研究を開始したものです。従いまして, 大変恥ずかしながら, 私共の微生物学的なバックグラウンドが皆無に等しい状態から, いきなり実用研究に入らざるを得ない状況となってしまい, 多分に常識外れな行為を積み重ねてしまっております。
 まず, 保存前の洗浄工程ですが, 川上先生の御指摘に基づき, プロセスの培養保存プロセスの再確認をしたところ, 一部 (培養後に行う) 附活プロセスにおける操作と混同があったことが判明しました。洗浄工程は附活 (この菌はある有機溶媒を添加することで, 目的有機物の分解酵素を誘導するので, 培養後に別途附活プロセスが必要です) プロセスの前に行うことになっていました。なお, 保存に用いたグリセリン水溶液の濃度 (5%) は分譲して頂いた先方がそのようにされているとのことでして, それをそのまま実行した形です。また冷凍温度に関しても,「冷凍後に何度に保つか」ということにまで意識が回っておらず, 家庭用の冷凍庫をそのまま研究室で用いていたものに保存を行っておりました。(測定したところ, 温度は約_20_です) このように, とても微生物を扱っているなどとは言えないほど稚拙な者でありますが, 今後も精進して参りたいと思いますので, また質問など出てきました際にはよろしくお願いできれば幸いです。今回はありがとうございました。


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