07/10/03
■ 「劇症型A群連鎖球菌感染症」について
【質問】
 私は●●県◆◆市民病院にて臨床検査技師をしております○○と申します。先日, 劇症型A群連鎖球菌感染症疑いの患者が来院されました。下記に一連の流れを簡潔にまとめてみました。

患者: 64歳, 女性
症状: 来院時→呼吸苦, 左鼠径部付近に火傷様の水泡あり
採血所見: 腎機能低下, CPK 上昇, CRP 高度上昇
数時間後にショック状態。水泡が見られた箇所を中心に壊死が下腿部にかけて進行し, 翌日死亡。

細菌検査 (当院は委託しております): 院内にて壊死組織のグラム染色を実施し, 多数の双球状グラム陽性球菌を観察。培養に壊死組織と血液培養を提出。両検体ともにA群溶血性連鎖球菌が分離・同定される。    

お聞きしたいことは以下のことです:

(1)今回の症例は, 「劇症型A群溶血性連鎖球菌感染症」ということになるのでしょうか???

(2)「劇症型A群溶血性連鎖球菌感染症」は小児の咽頭炎と異なり, 何故症状が重いのでしょうか??? また, その発症のメカニズムとはどのようなものなのでしょうか???

(3)今回の症例を学会などで症例報告というような形で発表するとなった場合, どのような範囲まで調べたほうがよいのでしょうか (例えば, 血清型や毒素型など)

お忙しいところ申し訳ありませんが, よろしくお願い致します。

【回答】
 細菌検査を外部委託しながらグラム染色を院内で実施し, 培養結果が出る前にいち早く菌の存在を確認できたことは, 臨床上大変意義のあることだと思います。特に今回のような進行の早い疾患の場合には重要だと思います。

(1)今回の症例は「激症型溶血連鎖球菌感染症」ということになるのでしょうか???
 臨床所見および菌の検出部位など, 正しく「激症型溶血連鎖球菌感染症」の判定基準を満たしていると思います。本感染症は感染症法上“5類感染症”に分類されていますので, 保健所へ届出の義務があります。

(2)「激症型溶血連鎖球菌感染症」は小児の咽頭炎とは異なり,なぜ症状が重いのでしょうか???
 その発症のメカニズムについてはまだ十分に解明されていない点も多いと思いますが, 約50種類ほど知られているA群溶連菌T抗原の型の中で激症型感染を惹き起こす菌株はT1が最も多く, ついでT3が多いと言われています。つまり小児の咽頭炎を起こす菌とは多少性質が異なる可能性もあると思います。現在研究されている病原因子の中では, M蛋白や連鎖球菌性発熱性外毒素(SPEs) などの関与が指摘されています。スーパー抗原活性を持つとされるSPEsにはA, B, C, Fなどの種類があり, Tリンパ球を非特異的に刺激して大量のサイトカインの産生を促し, 臓器不全やショックなどを惹き起こすものと考えられています。また本菌による壊死性筋膜炎などにおいては, 病巣に白血球の浸潤が認められないという報告もあり, 宿主の免疫能から免れるための機構をもつ可能性も考えられています。これに関連して溶連菌の持つ溶血素の一つであるstreptolysin-Sは, 好中球に対する強い致死作用があるという研究もあります[http://www.jarmam.gr.jp/situmon2/agun-yourenkin.html]。またM蛋白は抗貪食作用を持つとされています。ヒアルノニダーゼは細胞間質を分解し, ストレプトキナーゼは活性化されたプラスミンによる血栓溶解を通じて病巣の拡大に関与しているものと推測されています。本菌の病原因子は他にもstreptolysin-OやDNA分解酵素, 発赤毒素(Dick toxin)など, 様々な因子が知られていますが, 激症型感染を惹き起こす特異的な蛋白はまだ見つかっていないのが現状だと思います。劇症型感染の発症には菌側の因子だけでなく, 宿主側の因子も関与しているものと考えられており, 基礎疾患だけでなく, 発症しやすい人と発症し難い人といった個体差があるのかもしれません。

(3) 症例を学会で発表する場合, どのような範囲まで調べたほうがよろしいでしょうか???
 自施設で培養されていないため難しい面もあるかもしれませんが, 届出をすれば, 所轄の保健所を通じて研究所のほうでLancefield血清型, T型別, M型別, 発熱性毒素 (SPEs) 型などの性状を詳細に調べていただけるものと思います。

 まだまだ不明な点の多い感染症ですので, 是非この貴重な経験を学会発表して多くの人に伝えてください。

(公立玉名中央病院・永田 邦昭)


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